Jリーグボランティアスタッフ。

もう10数年前の話だが、かつてJリーグのボランティアスタッフをしていたことがある。

もともとサッカーが好きで近くの試合会場に月に1回は、観戦していた。ボランティアの存在を知ったきっかけは、サッカーの試合にはゲートいわゆる入場口がある。そこでジャンパーを来たスタッフがチケットのもぎりをしたり、お客さんを誘導するのだが、隣に違う人達も参加している姿を見て気になったからである。

 

最初は、そういう人達がいるのか、くらいしか思わなかったが、後に気になり始めて自宅でパソコンで色々と検索している内にJリーグの各チームにボランティアスタッフが存在している事がわかった。

 

一度ボランティアでもしてみるか、という軽い気持ちでやろうと決めたが、各チームのホームスタジアムの交通が遠くて、どうしようかと迷っていたが、ふと自宅の近くにJリーグのチームがあることに気付いて、そのチームのホームページを検索したのがボランティアスタッフに入ろうとしたきっかけだった。

 

ホームページを検索するとボランティアスタッフのホームページがあったので、サイトに入った。サイトには、ボランティアスタッフの活動が写真付きで載っていた。

「自宅の近くなら。」という気持ちで申し込んだ。

数日後、ボランティアスタッフから郵送が来て、とりあえず封筒を開けてみるとホームゲームの日程が載っていて、後日、行ける日にチェックして連絡する形だった。

 

実は、ボランティアスタッフに応募した年が就職が決まっていて実際に参加したのは3回しかなかったこと、応募した時期も大学が2ヵ月くらいで卒業という、少しタイミングが悪い時期でもあった。

当時、父にも「それは、学生時代にやるべきだろう。」と言われてしまった。確かに父のいう通りだが、「とりあえず無料だし、近いし、いつか行ければいいか。」という気持ちだった。

実際に初めて参加したのは、8月のホームゲームだった。なぜ8月に参加できたというと当時、勤務していた会社がお盆休みだったからである。

 

8月に初めて参加した時の活動を一通り説明すると、まずスタジアム内にある集合場所に行き、受付を済ませてボランティアスタッフの控室で待機しているとJリーグチームのスタッフと一部のボランティアスタッフが前に出て挨拶、自己紹介、その日のボランティア活動の説明があった。ミーティング終了後、各ポジションごとに集まって活動内容のやりかた、休憩のローテーションを指示された。活動時間は、約6時間くらいで、忙しいときは、試合開始1時間前辺りから試合開始直後が忙しいだけで後は、ポジションで待機か控室で休憩しているだけだった。

 

試合終了後、各ポジションの人達が各ゲート(入場口)

に集まって、ゴミ袋を拡げて試合会場から出てくるお客さんにごみがあれば捨てるように呼び掛けていた。

ゴミ袋をゴミ捨て場に捨てて、控室に戻って帰り支度をして、チームスタッフが来て終了のミーティングをしてその日の活動は終了した。今だから言えるが、その日に行ったときは、まさかその後もボランティア活動をするとは思っていなかった。前にも述べたが当時、仕事が忙しくて、その年に行われた時事やサッカーワールドカップを全くみることができなかったからだ。

 

その年は、その当時勤務していた会社を辞めてからは、2回参加しただけだった。その時の記憶は、何故か覚えていない。もし覚えているとしたら、その年のお疲れさん会に参加した記憶くらいだった。個人としては、選手に会えると思ったが、当時、日本代表のヘッドコーチが来てくれて、声をかけてもらったことは、参加して良かったと思う。

 

次の年いわゆる2年以降は、ほぼ参加した。試合観戦をしても良かったが、ボランティア活動を中心に活動した。特に2、3年目がボランティアをしていて一番楽しかった。その期間は、J2いわゆる2部だったのでお金がなく色々なポジションをやらせてもらったからだ。

 

1部に昇格したあとは、お金が入ったせいかポジションが3分の1くらいに減ったのでボランティア活動をしでもほぼ同じポジションなので新鮮さがなくなってしまった。運営側もボランティアの人達に極力負担をかけて欲しくなかったと思う。

 

一番印象に残っているのは、着ぐるみ?に入ったことだった。見た目は可愛く写るのだが、実際に中に入るとめちゃくちゃ熱いし、汗をかく量も半端ないし、消耗も激しい。後、なかに入っていると、何故かハイテンションになってしまう。ボランティアに入って申し訳ないことがいくつかあるのだが、その一つは、試合後に選手とともに挨拶しなければいけないのだが、勝敗によって動作を変える。例えば、勝ったときは、嬉しく。負けたときは、悲しそうに。なのだが、その時は、試合に負けてしまったにも関わらず、間違えて試合挨拶後に拍手してしまった。そのあと、ボランティアスタッフの人に注意されてしまった。今思えば申し訳なく思う。

 

意外に大変だったのが、ボランティアスタッフの各ポジションを束ねるリーダーというポジションだった。

リーダーと言っても初めての人達に作業説明と休憩の配置、運営と連絡を取り合うと言った感じだったと思う。

正直、初めてメールで連絡が来たときは断ろうと思った。性格からして人をまとめられる性格ではないからだ。話が反れてしまうが、人生で何回かリーダー的な役割を任されたことがある。その時は、何をしていいか分からず、すぐに下ろされたり、なんだかわからずやっていた記憶だけが残っていた。結果的に引き受けることにした訳だが、なぜそんな過去を経験したにも関わらず引き受けたかは不明だが、とりあえずやってみることにした。

 

初めてのリーダーミーティングからボランティアがある数ヶ月は、ずっと緊張しっぱなしだった。特に状況に応じて相手に指示をすることをしたことが何より大変だった。だいたいゲートでサポーターに入場してもらうのにゴール裏、サイドのゲートがありどちらも座席がない。

そうなるとサポーターが座ったり、ゴール裏で全員入れるように誘導するわけだが、サッカー場の事情を知っているサポーターは、いいのだが、全く知らないサポーターからするとなぜチケットをかったのに入場できないという声が結構あって席を積めてもらうために色々と指示することが大変だった。

時には対応が、酷すぎてスタッフに注意されてしまったこともあった。当時は、へこんだが不思議なことに大変ばかりでいると、免疫というか、開き直ってしまったことで、以前よりもリーダーの役割をこなせるようになった。しかし、その事がボランティアから弾かれてしまう原因の1つになるとは、当時は、全く思っていなかった

 

その後、リーダーの役割が徐々に慣れて来て何とかこなせるようになった。多分、3年たった頃になると運営していた担当の人が変わってしまった。元々、運営は、2、3年経つと変わるのだが、上の人が変わると下も変わることは、どこの社会でもあることで、そうなると時が経って半年後くらいには、リーダーに呼ばれることはなくなった。

自分は、その事に対して何の不満もなかったし、むしろ肩の荷が降りたくらいだった。ただ周りの人間関係も変化していって自分は、距離を置かれているように感じた。おそらくいくつか原因があると思うが、リーダーに染まりすぎた代償かは考え過ぎだと思うが、一番の原因は、その集団のなかでは浮いているというか、変わっていることが原因なのではないかと思う。

 

最終的には行かなくなってしまったが、振り返るともう少し人生に対してちゃんと歩むべきだったと思うし、そのチームに対して愛情というか、みんなと協力してボランティア活動だけでなくホームやアウェイゲームを見に行ったりすれば違う方向になったかもしれない。